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けんたろう日記
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私はなぜ自民党で、そして中原八一なのか①

2016年07月02日

〇なぜ自民党なのか

2016年6月22日、参議院通常選挙が公示された。

公示の朝、私は中原八一候補の必勝祈願祭・出陣式が執り行われた白山神社にいた。

ほんの1年半前には、新潟市役所の職員として、出勤前に参拝していた大切な場所だ。

近年、職員労働組合推薦を除けば、市の職員を中途で退職して市議会議員になろうという者はほとんどいない。増して、40代前半での立候補は、遅すぎる感も、早すぎる感も否めない。それでも私は政治家になりたかった。そして、地に足の着いた保守的な政治活動を行いたかった。選挙の結果、有権者の皆さんから政治家としての命をいただいた。

今回の参院選は、私が政治家(正確に言えば議員)になってから初めての選挙である。なぜ私が自民党に属しているのかについて、説明させていただきたい。

まず、私の社会人としての基礎をつくってくれた市役所という組織にあって、そしてそこで体験した仕事を通じて学んだことは、

①人にはもれなく得意・不得意、強み・弱みがあって、完璧な人間は存在しない。そして人がつくる集団も社会も同じ。強みと弱みが必ず混在する。

②人は、たとえ良い方向だと分かっていても、急激な変化を望まない。変化はコストである。

③社会は多くの目に見えない人によって支えられてきたし、支えられている。

④何よりも大切なのは心の安定である。

⑤言うは易し行うは難し。対案なき批判はかえって社会を混乱させる。

ということだ。これらが政治家としてのポリシーに直結している。

政治家一人、特に地方議員一人の権限がいかに小さいものかは予め知っていた。だからできるだけ考え方の近い仲間とともに活動することは前提だった。

そして選んだのが自民党だった。

私は下野した自民党を注視していた。谷垣当時総裁(現幹事長)の謙虚で、反省の念のこもった発言を今でも鮮明に憶えている。国会での議論も批判だけではない。「それはおかしい。こういう理由でこうすべきだ」と対案を示したあるべき議論をしていた。象徴的なのは、2010年のJ-ファイル、マニフェストだ。今回の参院選で民進党は政権マニフェストを出していない。

したがって、私が選んだ自民党は、第二次安倍内閣を組織した、「強くなってからの自民党」ではなく、野党時代の自民党だ。

政党とは、「共通の主義・主張をもつ者によって組織され、一定の政治的利益や政策の実現のために活動し、政権獲得をめざす集団」と認識している。残念ながら、現在の野党共闘は、この政党の定義から外れる行動だ。

政治家は、市民、県民、国民の意見を聴き、議論し、そして決める。国民の意見を聴いても、いくら議論を深めても、決めなければ政治ではない。「対案のない単なる批判はかえって社会を混乱させる。」まさに私のポリシーだ。

〇反対される安保法制。ではどうやって国民、領土、領海、すなわち日本を守るのか。

この間、とても違和感を抱くのが平和安全法制に対する批判だ。海上保安庁ホームページによれば、2012年9月以降、中国公船による尖閣諸島接近状況において、領海侵入がなかった月はない。「戦争反対」と訴える政党のリーダーらからは、この暴挙に対してどうやって対策を講じるのか、日本の領海を守るのか、対案を示してただきたい。「話し合い」であれば現体制でも十分行っている。尖閣諸島は無人であるから過剰な防御は不利益になるとでもおっしゃるのだろうか。それであれば、国民が住む離島に、暴挙が差し掛かったとしたら、どう対処して、どのように住民、国土、領海を守るのか、具体的に、そして国民が納得できるように説明していただきたい。ただ単に国民が納得できる対案もなしに「戦争反対」では、無責任であり、それこそ大切な子や孫の命を失わせてしまいかねないと私は思う。

また、現在の国際紛争は必ずしも国境で起こるわけではない。無差別なテロ、サイバー攻撃など、第二次世界大戦下の「国際紛争」の形は大きく変わってしまった。インターネットは世界を網羅し、陸、海、空を問わず、人間は自由に世界を往来できるようになった。果たして日本だけで日本を守ることはできるのであろうか。そして、いつまでも「守られる国」でいることはできるのであろうか。戦後、先人のご努力で日本は強い国になった。特に経済では奇跡的な発展を遂げている。そんな強い日本を、同盟国といえど、いつまでも命がけで守り続けてくれる保障があるとは思えない。冷戦構造崩壊後、複雑な国際関係か続く中ではなおさらだ。

〇経済政策、失敗というのであれば対案を

第二次安倍内閣発足直後、デフレからの脱却、経済再生の矢を打った自公政権。一時、1ドル70円台を割り込むのではないかとういう勢いであった為替は安定し、株価はイギリスのEU離脱による混乱模様にあっても、民主党政権下に比べれば未だ高値を維持している。

それとともに、民主党政権下では0.8台であった有効求人倍率も約1.3まで回復。地方では、少なくとも私たちの住む新潟市においては、経済政策の恩恵が届いている実感はない。しかし、それは減退が止まっているという形で恩恵が届いているのかもしれないし、90年代のバブルを以って「景気がいい」という感覚が、景気回復の実感を鈍らせているのかもしれないのではないかと思う。

いずれにしても、野党時代の自民党のように、「失敗」と批判するのであれば、「成功」を高らかに論じるべきである。そのことは、国民にとって、大いにプラスになり、大きな国益となるはずである。

〇わが国のリーダーを呼び捨てにして「許さない」と訴える者に教育を語る資格なし

怒りを通り越し、呆れに差し掛かっているのが「アベ政治を許さない」というスローガン。

国民が、法律に基づいて、正当に選んだリーダーを呼び捨てにして、理由も付さずに「許さない」とは、子どもに見せるべき姿なのであろうか。ぜひ速やかに「安倍政権の〇〇政策に反対」などと言い換えてほしい。

内閣総理大臣も人間であり、強みも弱みもある。「アベ政治」などというものは存在せず、あくまで「安倍内閣が示し、実行する政策」だ。

〇弱点はある。されど日本は確かに豊かになった。

社会の基礎は経済であると私は思う。戦後、焼け野原から日本を豊かにしてくださった先輩方には感謝してもしきれないし、私を含め、現役世代が抱く不満のほとんどは、先輩方にとっては日常であったに違いない。確かに格差はある。しかし、社会全体を見渡せば、日本は確実に豊かになった。そのことへの感謝からスタートすべきである。

戦前、戦中、戦後を乗り越え、豊かになった日本が歩んできた道は間違いではない。その中で、生まれた公害や事件、事故に適切に対処していくことが現役世代としての責任である。社会が豊かになった、経済が強くなったことで、障がい者が社会で活躍できる環境が整いつつあるし、お年よりも元気で長生きできるようになったし、災害対応も未だ道半ばではあれ、強化されているのが現実である。

〇私が自民党にいて福祉について発言する理由

私は市役所時代に経験した防災、医療・福祉、税制についてしか専門的な知識はない。どちらかというと、自民党が苦手としている分野であると思っている。

私は、今後の人口減少、超高齢社会、少子化社会を見通せば、強くなった経済をもって、障がいのある人もない人も、子どももお年寄も心豊かに暮らせるまちにしたいと考えている。バブルの時代のように浪費はできないかもしれない。しかし、食べて、寝て、働いて、笑って、くつろげる「当たり前」に感謝し、安心して暮らせるまち、それが私の理想である。

自民党は、私の理想を実現するために一番確かな政党である。

 

 



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